東京高等裁判所 昭和51年(う)1018号 判決
被告人 村田進
〔抄 録〕
所論は、要するに、被告人が三名と共謀のうえ不正の手段で入手したフィリピン自動車協会発給にかかる国際運転免許証を土田昇に供与し、もって土田が無免許で普通乗用自動車を運転するのを幇助したとの原判示事実について、被告人は土田が無免許であることおよび右国際免許証で警察の取調を通過できることを認識していたとしても、本件実行行為まで表象認識していたとは認められないから、被告人には幇助の故意がない、したがってこれを認めた原判決には判決に影響を及ぼすこと明らかな事実の誤認があると主張する。
しかし原判示事実は原判決のかかげる証拠により優に認めることができ、所論にかんがみ記録を精査しても原判決に所論のような誤りがあるとは考えられない。記録によれば、被告人は東京都に住み、住吉連合会の副会長をしていたが、共犯者の小嶋、文から日本国内でも使用できる国際運転免許証をフィリピンで簡単に入手できるから買わないかとすすめられ、埼玉県上尾市に住む同じ組織の末次にも声をかけたこと、末次からこの話を聞いたその輩下の土田は末次を介して被告人に右国際運転免許証の入手方を依頼したこと、被告人は本件免許証を土田に手渡すときに初めて同人に会ったのであって、同人が運転免許を持っていないことは知っていたものの、これまで度々無免許運転をしていたことや本件免許証を入手して約五〇日後に行なった本件無免許運転の日時・場所、運転した車両等の具体的内容は知らなかったことが明らかである。
たしかに幇助犯の成立するためには、幇助者は、正犯の実行行為の内容を表象し自己の行為がそれを容易にするものであることを認識している必要がある。しかし幇助犯にも種々の形態があること等にかんがみれば、幇助者としては、正犯の日時・場所・目的・手段・態様等の細部まで具体的に表象している必要はなく、特定の犯罪についてその内容をある程度概括的に表象していれば足りると解するのが相当である。
これを本件についてみると、記録によれば、被告人は、末次から本件免許証の入手方を頼まれたさい、同人から「実は俺の他にうちの若い衆で土田というのが免許がなくて欲しがっているので、その分も一緒に買ってもらえないか」といわれ、また本件免許証を手渡すさいにも、末次らは「これがあれば大ぴらに運転できるな」と話しているのを聞いており、被告人自身、土田らがこの免許証を持って車を運転し、警察に質問されたときは当然この免許証を示すことによって無免許をごまかすだろうと思っていたこと(以上被告人の検察官調書、被告人の昭和五一年一月一二日付司法警察員調書、末次の検察官調書)、現に土田は本件無免許運転のさい、本件免許証を携帯し、取締りの警察官に対しこれを提示して「この前フィリピンへ行った時免許を取ってきたんだ、一年間は日本で通用するんだ」などといってその場をのがれたこと等が認められる。これらの事情に徴すれば、被告人としては、土田が本件免許証を入手後近い将来に主としてその住居地付近で右免許証を携帯のうえ自動車を無免許運転し、警察官の質問を受けたさいにはその免許証を提示して運転資格を有するかのように装うであろうことに気づいていたものと認められる。土田の本件無免許運転は右のような被告人の認識の範囲を著しくこえる予想外の出来事であったともいいがたく、無免許運転幇助の故意は、この程度の認識で十分であると考えられる。論旨は理由がない。
(横川 渡辺 中西)